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魂の家族と登る山

 
みなさん、こんにちわ。
エキスパートガイドの福寿谷信江です。

先週は病院の帰りに芝公園を散歩しました。
園内は静かで若葉がキラキラして心が洗われました。
感じる準備ができていれば自然はいつでも最高の癒しを与えてくれています。
感謝です。

今年もまたIRMの仲間と8月に登山をします。
富山県の立山です。
祖母の生れ故郷の立山に一度は登ってみたいと思っていましたので
願いが叶いとても嬉しいです。

4年前から私はいきなり山ガールになりました。
幸田先生が修業として錬成会を立ち上げたからです。
私は自然が大好きですが苦しいことは嫌いでした。
みんなで盛り上がっている中私は正直嫌嫌で乗り気では在りませんでした。
辛いし苦しいし寒いし汚いし。
キラキラした世界が好きですからそこからはかけ離れていました。

確かに今でも道のりは苦しいです。
心臓破裂しそうになります。
先生や仲間はどんどん身軽に楽しそうに登っていきます。
私一人引き返すこともできず、ただ山がそこにあるから登るといった心境で
何も考えず前を進むだけです。
特に去年の御岳山は神の聖域的山でその修業度は半波なかったです。
先生は虫にたかられている私に
「よく虫がつくって言うけど福ちゃんさすがフェロモンだしてるねー」
「山頂に行けば白馬の王子がいるかもよ」
とか冗談をいっては
ヤバくキツイ私を励ましてくれました。
そのうち、リエちゃんが私を後ろから支えてくれて
その時の安心感と言ったら言葉を超えます。
そういう限界の場面で仲間と言葉を超えて繋がっていく体験を先生は
させてくださったんだなと思います。
命がけの山を登った同志の間には条件付けの無い信頼が育ったのです。
何をしようと何を言おうと本質だけを観れるそういう関係です。
家族でもない恋人でもない他人が
心の底から信頼できる人になっているのです。
まさに魂の家族です。

山頂の景色はそこはやはり神の領域ですから
自分の足で上がったものにしか体験できない生きながらにしての天国の様を
観ることができます。
よく山登りを人生の歩みに例えるその意味がよくわかりました。
でも最高の景色を観ることが目的では在りません。
山頂を目の前にして下山する勇気ある決断もあります。
また死ぬこともあります。

山頂の素晴らしい景色の体験が良いもではなく
どの体験であってもそれが素晴らしいということ。


ある詩人がこう言っていました。

「ここに咲く花があって
ここに咲けない花がある
ここで頑張れる人がいて
ここで頑張れない人もいる
それでいいのです」

全くその通りです。
本当はあるがままで良いのです。

月曜日に観たDVD西の魔女が死んだ
で不登校の孫おばあちゃんが言うこのセリフが心に響きました。

「自分が楽に生きられる場所を求めたからと言って
後ろめたく思う必要はありませんよ。
サボテンは水の中に生える必要はないし
ハスの花は空中では咲かない。
白クマはハワイより北極で生きる方を選んだからと言って
誰が白クマを責めますか?」

その人なりの生きる場所で生きればいいのです。
好きな人と好きな場所で生きればいいのです。
世間や常識の当たり前はもう参考になりません。
人間関係に傷ついた孫へのおばあちゃんの深い愛のメッセージでした。

人生を山登りに例えれば
迷いながら悩みながら生きて行きます。
仲間が私を支えてくれたように
シャーリーマクレーンの娘のサチが演じた西の魔女のおばあちゃんのように
人生のいろんな場面で苦しんでいる人たちのために
大きな愛を与える人になりたいと思います。
同じ山を登っている人たちの魂が
どの瞬間であっても輝いているようにサポートしたいし
山頂の景色を一緒に観れるように
絶対安心絶対幸福の境地の道先案内をしたいと思うのです。
今生出逢った人はそれが苦しみを伴う人であっても魂の家族だと思います。
共に山頂を目指す家族です。
私のように体力がなくて苦しい人も沢山います。
人はひとりでは本当に生きられないです。
山を登ることと生きることは似ています。
誰かに助けられて生きていけているのですね。
山頂で笑う時そこに同じ山を登ってきた仲間の笑顔が隣にありました。
傷を負うたび研ぎ澄まされた精神性を得られるように
山もまた挑戦する山だからこそ感動があるのだと実感します。

また今年の登山」もそんなドラマが在るのでしょう。
目指すところが高ければ高いほど試練もあるけど
それは聖者への道のりのギフトであり真理へのパスポートでも在ります。
今この状況は最良であることに感謝できたら
本当に幸せです。
山登りの仲間の絆のように
今世出逢った魂の家族と共に言葉を超えた絶対信頼を築着たいです。
そしてその人の中にある美しいものを観て
愛と許しに残りの人生を生きたいと思います。



最後まで読んで下さり有難うございました。
fukuchansmile * - * 17:49 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

自分を愛するってどういうこと?

 
こんにちわ。
エキスパートガイドの福寿谷信江です。

今週は友人の引越しのお手伝いに行きました。
引っ越しやさんに頼まず自分たちで作業したので
それはそれは肉体的に大変でした。
手伝いに集まった人たちとは初対面でした。
引っ越し先のご近所さんが来ていました。
もくもくと私たちは働きました。

私の大事な友人かおちゃんのために集まってくれた人たちと
別れるときにはもうすっかり繋がっていました。
たいして話さなくても自然と交流してる心って本当に不思議です。
かおちゃんのために一生懸命働いてくれて本当に感謝だなーと感動しました。
引っ越し先のご近所さんが良い人ばかりで本当に安心しました。
かおちゃんが引っ越してしまうのは寂しかったけど遊びにいく場所が増えたと思い
楽しみに変えることが出来ました。

家のすぐ前には大きな川が流れていて恐ろしいほどのパワーを感じました。
絵画の制作がはかどることでしょう。

その日すごく疲れて帰ってきてお風呂に入っている時
自分の12年前の引越しを思い出しました。

私の引越しは両親と親戚・兄弟・会社の方々と何十人もの人が来てくれました。
父は闘病生活であったのにあれやこれや指示して一番張り切っていました。
母や叔母たちはせっせと細かなかたずけをしてくれました。
会社の方たちはせっかくの休みだと言うのに終始笑顔で全然疲れた様子もなく
どんどん働いてくれました。

私は今も今までもどれだけの人に支えられてきたのだろうと
涙があふれてきました。
私の引越しに私以上に働いてくれた。
してもらことが当たり前で本当の意味で感謝が足りなかったなーと氣づきました。
今は亡き父や伯父・叔母を想うを本当に有難いたかったなーと
本当に愛してもらっていたなーと感謝感謝の氣もちがこみ上げてきました。
私が愛することができるのはこうやって愛されてきたお陰さまなんだなー
としみじみ思いました。
本当に可愛がってもらいました。
私も父や伯父や叔母が大好きでした。
かおちゃんの引っ越しで
私の引越しを思い出し、何だか関わって下さる全ての人に対する感謝の
氣もちがこみ上げてきました。
そして亡くなった父たちから愛されることの絶対安心を思い出させてもらいました。
私はいじめに遭って傷ついて恐れを抱くようになったけど
家族や親せきは私の安心できる居場所だったこと
当たり前のように思ってたけどありのままの私を受け止めてくれていたこと
本当に本当に有難いことだなーと思う。

感謝の謝の字は返すという意味があるとひらりーが言っていました。
愛してもらったことに感動して受け取って
それを今度は謝(返す)すことで感謝になる。

私は沢山愛してもらいました。
無条件に。
今度は私が返す番です。
両親から家族から親戚からの愛に本当の意味で感謝していきます。

人を愛するということ。
自分を愛することができなければ人を愛すことは出来ません。

では自分を愛することってどういうことでしょうか?
自分を大事にするってどういうことでしょうか?

私は今まで恐れと言うものとずっと一緒にきました。
周りの人とうまくやっていくために氣を使い
誤解されないように悪く想われないように
細心の注意が必要でした。
人にどう思われるかと人の顔色みながらビクビクして生きてきたのです。

仲良くしたいとか愛されたいというものも孤立することを
恐れていたからです。
こんなに愛されていたのにー。
私の存在そのものを愛してくれていた人がいたのにー。
でも私の中の傷ついた子供はまだ過去にいて孤立を恐れていたのです。
まだ幼かったから。
潜在意識にインプットされた拒絶の恐れは
本当はたいしたものでないことを
今はもう理解するときです。
人から嫌われたら生きずらくなる・不利になる程度のものです。
幼かった時の両親からの拒絶は
生命の危機に直結する深い傷ではありますが
もう大丈夫です。
貴方は拒絶から孤独を体験し
でも本当の貴方の存在は傷つくことはないという学びであったとわかると思います。

幼い貴方が傷を追うことによって真理への探究へと導かれました。
その体験があって今の貴方がいる。
今貴方の周りには貴方を理解できる意識の人々がいます。
何でそういう人が貴方の周りにいてくれているのでしょうか?
それは貴方を傷付けてくれて真理への道のきっかけを創ってくれた人のお陰です。
辛い体験こそ覚醒させてくれると思うと
すべての事に感謝だなーと思えてきます。

貴方を拒絶する人は本当はいなくて
でも拒絶されたと判断したその相手は単に自分が傷つかないように防衛しているか
すでに傷ついた心を癒そうとしてそういう態度をとっているにすぎないと言う事です。
そんな傷つきやすい人を恐れることはないですね。

例えば親だからと言って魂のレベルが上だというわけでは在りません。
私の子供たちの魂はずっと古く体験も抱負でした。
わからんちんのまだまだ未熟な魂の私を受け入れ修業させてくれたのが子供たちです。
親だって未熟なのは当たり前です。
そこがその人の魂のステージだと言う事です。

貴方を傷付け続けているのは貴方の抱いた否定的価値感です。
他人の態度が貴方が手放すべき考え方を教えてくれている訳です。

以前私は関係性の良くない人がいてその人は私を恨み憎んでいました。
彼は私の意見を一切聞こうとしませんでした。
威圧的に自分の正義だけを突き付けてきました。
私も感情的になって対抗しましたが相手を怒らせるほどに
言う事をきかないとひどいことになるんじゃないかと言う恐怖心が出てきました。
私は傷つき恐れました。

もう傷つくのは嫌だったので
自分の内面にある否定的価値観を観ました。
彼は私の意見に従うべきだという何とも傲慢な価値観が出てきました。
思い通りにコントロールしたかったのです。
コントロールされるのが嫌なのにコントロールしたい。
自分の自由は認め相手の自由は認めない。
私はかなりの傲慢でした。

そしてその根底には「してくれて当たり前」がありました。
自分の思うようにしてくれないから相手をとがめたのです。
「そんなことしてくれて当たり前」と思う私。

その「当たり前」誰が決めたのでしょうか?
私が合っているともいえないし。
相手が合っているともいえません。
世間が正しいとも言えません。

当たり前のことなんてない!ということに氣づきました。
相手に自分の当たり前を押しつけることは不可能だと。
相手のそう思うそうしたい自由を認める。
どっちでもいいということ。
どっちも正しい?ということ。

で私はどうなりたいのか?
相手とどうなりたいのか?
それはお互いがハッピーな結果であることただそれだけです。
相手の考えも認め相手のハッピーを考えること。

自分が常に愛をもって接していれば
どんな人も恐れる必要はないんだな、と思いました。

相手のハッピーを思い自分のハッピーを思う人生であるならば
傷つくことはないように思います。

それが自分を愛すと言うことではないのでしょうか?



最後まで読んでくださりありがとうございました。

福寿谷信江







fukuchansmile * - * 23:00 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

誰が決めたんですか?それが正しいって。

 
みなさん、こんにちわ。

エキスパートガイドの福寿谷信江です。
昨日4月30日は父の命日でした。
私は父が好きでした。
当初その愛を失った悲しみは私を苦しめました。
そして12年が過ぎ
父はいつもそばにいて私を護ってくれているとわかるようになりました。
親とは本当に有難いものです。
死んでもなお護ってくれているのですから。
だから今はもう悲しくありません。

愛する人を失った悲しみを癒したのは
ただ時が過ぎることでした。

貴方は今愛する人のそばにいますか?
大事な人を今ちゃんと愛していますか?
いつかは別れがくるその時まで心寄り添い生きたいものです。
今世めぐり逢うすべての方々に感謝です。
ありがとうございます。

父の命日に死を感じるとき同時に生に対する感謝喜びを感じます。
生きるってどういうことなのでしょうか?
何で私たちは生まれてきたのでしょうか?

アルバムの中には生まれたての赤ちゃんの私を抱いて
観たこともないような笑顔の父がいました。
その写真を観て私は涙が溢れてきました。
父と母のもとに生を受けた私は喜びそのものだったのです。
無条件に愛される存在だったのです。

そんな光だった私たち。

今このブログを読んでくださる貴方はもうすでに思い出す準備が整いましたね。
光であったことを思い出す。
私たちの本質は光です。
そこは赤ちゃんが無防備に天真爛漫に笑ったり泣いたりしている安心の世界です。
すでに絶対安心の世界に生きていることを知る旅が人生なのです。

苦しむために生まれてきたのですか?
苦しみたいのですか?
貴方はこれ以上苦しみを選ぶというのですか?

もうここで私と終わりにしませんか?

私は人は幸せになるために生まれてきたと信じます。
貴方が幸せになることが私の喜びなのです。

貴方がただ今のままそのままの自分を認め受け入れ無条件に愛せたとき
そこが解脱です。

貴方の本質は無条件の愛を知っています。
貴方は無条件に愛される存在です。

そのことを思い出すために条件づけの愛を体験します。
貴方が愛してくれるならば私も愛する。
相手に愛されないと満たされない。
自分には価値がないとさえ思ってしまう。
そしてその愛はいつかは失うという恐怖をもつ。
その愛はどこにあるのでしょうか?
愛することの決定権は相手次第なのでしょうか?
相手がどうであれ
私は愛する、それだけでいいのではないでしょうか。
相手がどうであれ
私にはただ愛することしかその方法がわかりません。
相手が愛してくれないと泣くより
自分が信じた相手をただ愛するほうが楽だと思うのです。

貴方の愛は条件づけですか?
美人じゃないとダメですか?
社会的地位がないとダメですか?
夢をもって生きていないとダメですか?

人間の価値とはどこにいったいあるのでしょうか?
お金を持っていること
一軒家に住んでいること
子供がいること

そこに本質的な幸せはあるのでしょうか?

表面的な現象に錯覚することは有りません。
世間の常識
それは一般的な人たちです。
その人数は多数かもしれない。

でも100%ではない。
何も持たずしても何も持たずいるから豊かだという人もいます。
シンプルに生きること。
息ること。
今この瞬間に活きること。

誰のためでもない。
自分を活かすこと。
自分はどんなことが得意でどんなことで人のお役に立てるのかな。
静かな人のいる場は鎮まっていて
その人がいるだけで癒されます。
生きているただそれだけで
素晴らしいのです。
人を愛する心があればよりもっと豊かに素晴らしいものとなるでしょう。

生まれてきた時は裸ん坊。
何も持たずただただ愛される存在だった。

歳を重ね
何故に人は孤独を感じるのか?
一人ぼっち何かが欠けている感。
それは宇宙はひとつだった体験が今分離したことによる
無意識化での感情と私は観ます。
私も以前はいいようもない悲しみ不安に襲われることがありました。
でも自分の中の愛が育っていくにつれ
自分のセンターの泉が溢れだし全体と繋がっていく感覚を味わうようになりました。

以前の私には考えられない事です。
人を差別し繋がるどころか切り離していましたから。

孤独なはずです。
不安なはずです。
恐怖が沸き起こってくるはずです。

人が人を傷つけることは不可能です。
貴方を傷つけることができるのは貴方だけですから。

貴方を否定する人が現れ恐怖を感じます。
貴方を怒鳴るその人は貴方の中に潜んでいる
貴方がまだ認めていない部分を貴方に見せてくれようとして現れています。

それは貴方の中にある封印してある凶暴性かもしれませんね。
怒りかもしれませんね。

非難されると自然と恐怖心がフラッシュバックされます。
それは過去のことなのに。
20年も30年も前のことなのに終わっていない。
いつもそこに感情が戻って恐怖を感じてしまう。
その時理不尽ないじめをうけた。
暴力をうけた。

許せない感情が残っている。
怒ればいい。
何でそんな目にあわなきゃいけないのーと叫べばいい。
あの時抵抗できなかった。
でも今は嫌だと言える。
もうそんな目に遭うことないと心に強く思おう。

何故そんな理不尽な暴力をうける体験をしたのか?
何故ずっと恐怖を持ち続けていたの?

その体験の意味を解読するのがIRMだ。

人は弱いもの。
正義をかざす人は人を非難し自分を精一杯守らないといけない弱い人。
貴方を苦しめてきたその人は自分の正しさを主張しなくてはいけなかった。
弱い自分を守る手段が暴力だったのかもしれない。
自分が正しいと正義をかざす生き方は苦しいものです。
その人もまた苦しんでいたのですね。

私たちは暴力によって傷ついた。
でも暴力ふるうその人もとても苦しんでいるということ。

そして他人からの非難を恐れる貴方にとって
真の敵は貴方のとる
「正しい」「間違っている」
の判断にあるということです。

暴力を受けたことの意味。
暴力をふるう行為。
それは貴方にとっては「間違っている」
でも相手にとっては「正しい」
事なのだということの悟りです。

差を取る悟りの学びです。

私は暴力では人を動かすことはできないと思います。
人の心を溶かすのは相手を受け入れる優しさだからです。

相手を受け入れて一つになりその輪がどんどん広がって行く。
そんなことの連続で世界をは変わると信じます。

私たち一人ひとりの相手を思う優しさが世界を変えるのです。


最後まで読んでくださりありがとうございました。

福寿谷信江



fukuchansmile * - * 21:10 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

母からの愛


こんにちわ。

エキスパートガイドの福寿谷信江です。
新緑が輝くこの季節が私は好きです。
春から初夏への訳もなくときめく感じです。

今日もこのブログを読んでくださり
本当にありがとうございます。
もうすぐ母の日ですね。

この喜びの中に産みだしてくれた母に感謝です。




もし今日が人生最後の日だったら。

貴方は後悔しないでしょうか?

満ち足りた感謝の氣もちでその日を迎えられるのでしょうか?

私は以前草馨先生のセミナーで

明日死ぬと過程して母や大事な人に感謝の手紙を書くと言うことをしました。

8時間にわたって母への感謝の手紙を書きました。

与えてもらったものを書いていけばそれは無限ともいえました。

それは無条件の愛・献身的な愛でした。

私をこの世に生み出してくれた母。

母という存在は誰にとっても相当重要だと思います。

良い母だったのか悪い母であったは問題ではありません。

生命の源なのです。

そこに在るのは愛だけだと私は確信します。

表面的な出来事に囚われることなくお母さんのお腹での極上の平穏を思い出して下さい。

愛そのものから生れてきています。

私たちはどれほど与えられてきたのでしょうか?

裸で生れてきたのです。

何も持っていないし一人では何もできません。

愛そのものである赤ちゃんの私たちを喜びと共に無償で愛してくれました。

愛と言う真理の共鳴です。

一人の命の誕生がどれほどの喜びを世界に共鳴させるのでしょうか?

母の愛は平和そのものです。

そうやって私たちは愛されてきました。

当たり前のように受け取ってきた母の愛を考えてみたことが在りますか?

感謝したことがあったでしょうか?

目をつぶってお母さんにしてきてもらったことを貴方の心のスクリーンに映してみてください。

お母さんに何もしてもらわなかった。

愛されていなかったと言えますか?

母の優しさを感じる時涙がでませんか?

そして与えてもらったものは沢山書き尽くせないほどあるのに

自分が母にしてあげたこと、与えたことはほとんどないのでした。

私はその事実に愕然としました。

母に何にもしてあげていない。

絶対的な愛を与えてくれた母に私は何もしていなかったのです。

私は母にそのことを告げ「ごめんね。」と謝りました。

母は「そんなものもらおうなんて思ってない。」

と言いました。

私はこれって何なんだろうなーと思い涙が出ました。

母の愛はただ与えるだけ。

何の見返りも求めていない。

母の愛本当に偉大だと言うことです。

時にそれはトラウマとなるような愛の形であったかも知れません。

親だって未成熟でありました。

初めての子育てに四苦八苦したことでしょう。

怒鳴ったり理不尽に叩かれたり無視されて傷ついたこともあるでしょう。

それも魂の覚醒のための試練という愛だったんです。

そういう親を貴方は選んできたのではないでしょうか>

貴方が覚醒を求めたから、暴力さえ受け入れると言う学びを選んだのではないでしょうか。

ご両親には何の問題もありません。

貴方の内面の浄化の出来ごとだったのですから。

覚醒とは受け入れること。

この学びを受け入れた貴方の魂はもう一つ上のステージに行くために

そのご両親を選んだことをちょっと思い出してみてください。

人間は過ちを犯します。

私も振り返れば観たくないような恥かしいことをし残酷な自分でありました。

嘘もつきました。

だから人間やっているのです。

在る時人を非難している自分を自己観察し、自分の中の悪の部分を認めることもできない、許すこともできない。

そういう自分が観えてきました。

目の前にいる他人は

自分の中の残酷性に気づかせてくれているだけだと言う事。

またそんな残酷な自分は駄目なのか?

生きている価値が無い人間なのか?

と言えば未熟だから人間やってるんだとという観点からみれば

許されてもいいんじゃないかな?

と思うのです。

許しです。

自分への許し、他人への許し。

許しが最大の癒しであると私は感じます。

もしご両親に対してトラウマがあって許せない心があるならば

その暴力性は自分の中にもあると思うといいかもしれません。

前世どこかで自分がつくったカルマであるならば

それを浄化させてくれるために現れてくれたご両親なのです。

自ら悪役をやって貴方のカルマを浄化させようと嫌われることを覚悟で

身体をはって傷付けてくれたのではないでしょうか?

貴方のためにそこまでしてくれる有難い存在です。

許すと言う学びができることは本当に幸せなことです。

許しとは最強の愛だと私は思うからです。

そしてこの世は愛するも愛さないもない愛そのものである。




最後まで読んでくださりありがとうございました。

 
fukuchansmile * - * 18:44 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

愛を与え続ける人になりたい

 
こんばんわ。
エキスパートガイドの福寿谷信江です。

みなさんお元氣ですか?
今夜のお月さまはとても綺麗ですよ。
外に出て風に吹かれると心が鎮まります。
いいカンジです。

最近の私はとても穏やかです。
IRMに出逢えたことに感謝します。

そして今私と繋がっているみなさま本当にありがとうございます。

さてIRMを知る前の自分ってどんなだったかな?
と昨日考えました。

訳もなく不安で満たされることはなく
常に何かを求めていました。
そして夢なんかもてるわけないと私には大舞台なんてないんだと
つまらないまま誰かのための世間の常識に従った生き方をしていました。

夢なんかない。
いつ死んでも別にいい。

自分の人生を生きる勇氣なんてありませんでした。
変わることを恐れていたのです。
自分には何もできない。
夢なんか見れない。
夢なんかあきらめていました。

そんな淡々と過ごす日常の中で
家族に対してイライラしたりムカついたりする自分や
他人の顔色にビクビクし表面上の付き合いしかできない
誰にも心を開けない自分が本当に嫌でした。

自分は本当は愛と調和のもとに生きたいのに。
私の本心は確かに求めていました。

だから嘘偽りの人生をやめようと決心したのです。
もう、自分に嘘をついて自分や他人を傷つける生き方はやめようと思いました。
やりたくないことはしない。
心の声をちゃんと聞いてあげること。
我慢して生きることの選択を他人のせいにしない。

そんな時亡くなった父からのメッセージが届きました。
「信江、もういいから。好きなことをやれ。」
宿命に生きてきた自分から解放された瞬間でした。
パパーと声を立てて泣きました。

私、自分の人生生きるよ。
このまま死にたくない。
同時期に私を夢の中で呼ぶ人が現れました。
まだ私にはやることがあると確信したのです。

決断した時IRMに出逢いました。

師である幸田先生と私たち同志はそうやって4年前集結したのです。
私は子供のころから愛を体現することが自分のテーマだと思っていたので
愛プロジェクトのメンバーが集結したことは自然なことでした。

大きな流れによってとしか言いようもありません。
私たちは自然と身を寄せ合ったのです。

今までも何故かラッキーなことがよくありましたので
私は何か大きな力に助けられていることを感じていました。

私を心配した父が幸田先生と出逢わせてくれたのでしょう。

誰も信じられない私の心を溶かしてくれたのはどんな時も
私を受け入れ私の本質の光だけを観て支え続けてくれた先生の存在でした。

先生にどんな自分でも受け入れてもらえたという体験によって
愛を知りました。

わがままで勝手で意地の悪い私のすべてを知っても普通に受け入れてくれたのです。
そして私を信じて育て続けてくれました。
私がどんなに道に迷っても道を外しても
目をつぶれば先生の祈りの中で自分が護られていることを感じました。
先生は決してぶれません。
相当、疑り深い私で何度も先生の愛を確かめましたが
先生の愛はどんな私でもぶれることはありませんでした。

私には信じられないことでした。
誰も信じられない私を先生だけは信じてくれました。
単細胞で考えることも苦手な私を先生は育ててくれたのです。
できない人に私は教えないと先生は言いました。
そして私を叱ってくれる人は先生だけでした。
厳しく時に突き離しそしてしっかりと受け止めてくれました。
先生のお叱りは愛でした。
私がいばらの道を行くと決心した日から先生もまた一緒にいばらの道を歩んでくれました。
私は一人じゃなかった。

真理への道を歩み始めた私のデトックスは尋常ではなかった。
それは自分が壊れてしまうのではないかと思うほどの苦しみだった。
苦しみの中にいるとき何度もIRMを疑った。
こんなに苦しいのがどこまで続くのだろうか?と。
何度這い上がっても叩きのめされるような試練の連続にどれくらい泣いただろうか。

私が何度あきらめても
先生は私が絶対安心絶対幸福にいくことをあきらめなかった。

厳しい言葉の陰で私の成長を見守り続けてくれていた。
神や仏ではない、生きて私を支えてくれた。
どんなに辛くても目をつぶれば先生の祈りの中に私はいた。
絶対的愛を受け私は愛を知ったのだ。

恋愛はいつも不安定で私をいつも不安にさせた。
いつでも失うことを恐れていた。
傷つけられ愛を信じられない恋愛のトラウマは私を不安にさせた。
だからあんまり好きになるすぎるとまた辛いからと自分に言い聞かせた。

過去の傷ついた恋愛・暴力・いじめが恐怖を呼び起こす。
正直怖い。
それは過去のことなのに感情はそうさせない。
過去のトラウマが未来を予知してしまう。

今、傷つけられていないのにきっとそうだと思わせる。
そういう思い癖。
私は過去を信じるのか?
それは信じる価値のあるものなのか?
信じたくない。
私は今を生きている。
過去の私ではない。

愛とはもろいもの、失うものと信じている自分がいる。
恋愛による愛はもろいかもしれない。
でもそれを超えた愛はもろいと思うのか?
いつでも先生は絶対的愛でそこにいてくれた。
どこにも行かなかった。
私を悲しませなかった。
愛はもろくなかった。
では、愛は失うのか?
愛を失う恐怖というのはどこから来るのであろうか?
先生は与え続けてくれた。
愛を求めるときその愛は足りない足りないとほしがる。
手に入れば今度は失うんじゃないかという恐怖になる。
自分の愛のセンターの泉は全開でいつでも湧き出ているのに
それに氣づかず与えようとしないからだ。
私は自由奔放に動き回っていて傷ついて悲しくなると
先生のもとに戻った。
そこにはいつも愛があった。
先生は与え続けてくれたのだ。

愛は与えるものなのだ。

私は先生のように愛を与え続ける人になりたい。

最後まで読んでくださりありがとうございました。
fukuchansmile * - * 22:40 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

愛することに理由はない

 
みなさん、こんばんわ。
エキスパートガイドの福寿谷です。

今日もこのブログを読んでくださりありがとうございます。
お元氣ですか?
貴方の幸せをいつも祈っています。

もうすぐ父の命日です。
このさくらの季節になると生と死を考えます。
父はどんな氣もちで死んだのかな?
悔いはなかったのかな?

父が若くして死んでしまって私はとっても悔しかったです。
悔しくて悔しくて心が痛かったです。
13年が経ちそれでも父を思う時涙が出てきます。

私は本当に父に愛されていたと思います。
幸せですね。

先日、今死ぬとしたら残せるるものはなんなのか?考えました。
父が残してくれたのは私を思う愛でした。
時に怒り、時に励まし、時に甘やかし
私を完全に守ってくれました。
そして亡くなってもなお私を護ってくれています。
今も私の意識と繋がっていることに氣づきました。
父を思うとき温かい涙とともに静かなる愛を感じるのです。

父は自分の人生を全うしたのかな?
そして死を迎える時の私はどんななんだろう?

悔いなき人生を生きれるだろうか?
父の死にざまはカッコよかった。
悔やまれて悔やまれて父を偲ぶ人たちが泣いていた。
父は愛されていたのだ。
そして父は愛したのだ。
父が愛した思いはそれぞの人々の中で生き続ける。
愛された経験が私を豊にしてくれた。

父がそうしてくれたように私ができること、
残せるものも
それは私の愛した思いだけ。

あんなに沢山の人たちが泣いていた。
父の愛した数だけ涙があった。

だから私も愛すだろう。
愛することに理由はないし
生きることはただ人を愛することしかないように思う。

一人ひとりは奇跡的に生を受けた魂の輝きだ。
人間として生まれたという壮大なドラマを私たちは生きている。
だれもかれもがただ一人としてかけては一つになれない重要な存在だ。

貴方を傷つけることは誰にもできない。
貴方を傷つけるのはあなた自身であること。

傷つくことは愛への学び。

傷つくことを恐れず愛することを忘れない。
それが私のミッションだから。

自分らしく生きてよかった。

と最期に言いたいものだ。



最後まで読んでくださりありがとうございました。





fukuchansmile * - * 22:43 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

夜明け前の鎮まり

 
こんばんわ。
エキスパートパートガイドの福寿谷信江です。

今日はものすごい春の嵐でした。
びしょぬれで風邪などひかないように大事にしてくださいね。
いつもブログを読んでくださりありがとうございます。

今もあなたと共にいられること感謝いたします。
この時代に生き今この時を共有させていただいてありがとうございます。

さて嵐の後の空を見ましたか?
私は今日埼玉県庁に障碍者事業の相談に行った帰り道
晴れ渡った空を観ました。
その時目の前に真っ白な富士山が現れ山々が青く輝く荘厳な景色に出逢ったのです。

そんな景色に出逢うとホント幸せな氣もちになります。
ありがとうございます。





自分はどんな時感動するんだろう?
と考えたことありますか?
胸がきゅーとするカンジ。

最近の私はいろんな感動に満ちていて本当に幸せなんですけど
なかでも好きなのが
心の鎮まりです。

夜明け前は最も好きな時刻です。
静けさに胸が高まるのです。
星はまだ輝き、樹々はまだひっそりしている
そこには柔らかな風の流れと湿った土の匂い
大地が夜明けを待っているその感じに震えるほど時めくのです。

自分だけの世界をひとりじめです。
思えば私はずっとこの静けさを求めてきた氣がします。

夜の皇居や夜明けの聖カテドラル教会を走り静けさに身を置くことで
心を調整していたのです。

一糸乱れぬ夜の湖面に映る月と共にいることが好きでした。
海やプールも夜明けが好きです。
一日の始まりを大地と共に待つその瞬間ほど時めくものはありません。

基本一人が好きですが波動が合う人とならば
より深い鎮まりを体感できることでしょう。

私はよく「ふくちゃんはネイチャーな人だね」と言われます。
海に潜ったり山と一体化したりするのが好きだからです。

大地にその静けさを求めていました。
空を観ればその雲に憧れ天を雲のように流れたいと思っていたのです。

静けさの中に身を置くことで魂が喜ぶことがわかってきました。



でもまた日が登って朝になると現実に戻されました。
他人の評価により自分の価値を決めたり
理想を掲げ正邪のジャッチをする。
静けさとは反対の生活が現実でした。

その心は恐怖と不安でいっぱいです。
自分を恨む人憎む人のおかげさまで自分の意識のあり方を認識できました。
そういう現実を自分で創りだしていたことを。

先生の言う通り私を嫌う人はいませんでした。
そこにあったのは私の意識の創造物。



どんな理想がどんな価値観が私を苦しめていたというのでしょうか?

人はこうでなくてはならないと決めつけて他人の自由を認めない。
自分の自由は主張しても相手の自由は許さない傲慢さ。

世間体に生きて他人の評価の奴隷になる。
あなたは世間に氣にいられるような行動のために生きるというのですか?
世間の評価によってではあなたは満たされないことに氣づいてください。
 
世間ってなんですか?
常識ってなんですか?

だれがそんなこと決めたのでしょうか?
100%それが良いのでしょうか?
例外はないのでしょうか?

私たちが思っている世間って以外に狭くていい加減なものだったりします。
日本で太陽が昇るのが東という常識があっても
反対側の国では西から太陽が昇るという真実。

他国では常識は覆されます。
自分が信じ続けていたことで苦しんでいたとしたら
その常識はもう手放してもいいんじゃないでしょうか?


貴方は誰と何をして生きたいのでしょうか?
誰とどうすることが心地いいのでしょうか?
本当に大切なものは何ですか?

自分にとって本当に大切なものに氣づいたら心をこめて愛しましょう。

それは私にとっての静けさでした。
鎮まっていることで観えてくる感動です。

誰も責めないでいい。
誰も怖がらなくていい。

夜明け前じゃなくても心が鎮まってくる日常の静けさをくれたのは
IRMでした。

もう誰も私の心をかき乱すことはできない。
私が鎮まると決めたから。


夜明けの鎮まりが今はいつも私の中をときめかせます。
IRMばんざい!!!



最後までお読みくださりありがとうございました。
貴方の幸せを祈ります。

エキスパートガイド福寿谷信江
fukuchansmile * - * 22:51 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

準備はいいですか?


こんばんわ。
エキスパートガイドの福寿谷信江です。

みなさま、お元氣ですか?
今日はまた冬にもどったみたいに寒かったですね。
温かくしてお休みくださいね。

今このブログを読んでくださっていることに深く感謝いたします。
ありがとうございます。

さて、人は死ぬまでに何度くらい恋をするのでしょうね?
そしてどれくらい愛し合うのでしょうか?

昨日バリ島から帰ってきました。
家族旅行です。
バリは新婚さんがたくさんいてとても幸せそうでした。

母はプールサイドでいちゃいちゃしている新婚さんを観て
「最初だけよ〜あんなのはー」
と言いました。

日本ではそういう風潮があることは確かです。
夫元気で外がいい。的な。
旅行に行くのも旦那さん抜きで友人と一緒に行ったりします。
夫は家族を大事にしながら外で浮気をして楽しむ。
お互いうまくやっているように見える。

それが幸せならばいいのです。
それがその夫婦にとっての最善ならばそれでいいのです。

私はどうもそういうのは好きではありません。
自分の心に嘘はつけないのです。

本当にバカ正直なんだから。
とよく言われます。

でも私も以前は自分で在ることに正直になる勇氣がなくて
自分の心に嘘をついていた頃も過去ありました。

心のままに生きるとは自由で素晴らしいことです。
そこには自分の自由を許すならば相手の自由を許すという真実があるからです。

愛による学びは本当に大きいものです。

さて人は何故愛し合うのでしょうか?
男と女・太陽と月・陰陽・正邪・そして天地
相反するものがいて釣り合っています。
バランスなんですね。
どちらがいいというわけはなく
どちらの存在も必要不可欠です。
天地があって世界がなりたっているように
男と女がいて生命が誕生したのです。

そこにあるのは愛のエネルギー以外の何物でもありません。
すべては愛のもとにあるんだなと感じます。

今、ちまたでは恋活・婚活がブームです。
テレビではお見合いの番組もよくやっていますよね。
恋愛するのが面倒くさい風潮がある中いいことだなと思います。
男女間は学びであり成長させてくれますから。

恋や結婚はするものではなく
やはり落ちるものではないでしょうか。

その準備ができたときその出逢いが用意され恋に落ちる。
その準備とは?

寂しさをうめるために恋人を求めるのであれば
常に相手に何かを求め依存することになります。
何かしてくれないと文句になる不幸の始まりです。
自分の寂しさをうめるためならばそのマイナスのエネルギーが
寂しい人を引き寄せます。
マイナスのスパイラル。負の共依存です。

自分の足りないところを相手は埋めてはくれないのです。
自分には足りないところがないと自分で知ることが大事なのです。
準備とは
自分に向き合い自分には足りないところが何もないと満足することです。

貴方がほしい、ではなく貴方に与えたいという境地が恋愛の理想です。

貴方が知らない幸せを喜びをだれだけ自分が与えることができるのであろうか?
そういう感じがステキです。

そういう氣もちになったとき恋に落ちる準備はできます。

貴方はあと何回恋をするのでしょうか?
それともその人が最後の恋人ですか?






最後まで読んでくださりありがとうございました。
fukuchansmile * - * 21:43 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

大いなる意志のもとに生かされている

 
こんにちわ。
エキスパートガイドの福寿谷信江です。

暖かな日が続きます。
今日は春分の日ですね。
いかがおすごでしょうか?

春分の日は自然に感謝し将来のために努力する意味というがあります。

私たちは今世この豊かな日本に生まれてきて本当に幸せです。
太陽さん空氣さん水さんに生かされていることを当たり前と思ってしまいがちですが
動植物さんやら他人の皆様のおかげさまで生かされているんだなー
と今日この日改めて感謝したいと思います。

自分をとりまく全てに感謝です。
ありがとうございます。


さて最近の私はあまり怒らなくなりました。

何でかと言うとそれは「幸せになりたいから」です。

殴られたからといって裏切られたからといって
怒りや復讐の思いを持ちたくないと思ったからです。

どう生きたいのか?が大事です。
人間は幸せになるために生まれてきているのです。

私たちは他人さまの存在のおかげさまで生かされています。
お金をもらうのも愛してくれるのも人です。
嫌なことする人もいい人もみんなみんな自分のために存在してくれています。

ありがとう。

私は今までの人生の中で嫌なことする人や出来事を心の中で排除してきました。
そして私を愛してくれるひとだけの世界で生きてきました。

一見幸せそうですが心の中は怒りや恐怖、不満をため込んでいたのでした。
部屋でいえば片付かない状態、
美容でいえば内側からの美しさがでない状態です。
臭いものにふたをするわけですから病気にもなりますね。


過去においていじめにあったり暴力をふるわれたり、異性にふられたり
そういったトラウマをお掃除する作業は
一度は闇をみることになりますから勇氣のいることです。

でもやってみる価値は大きいと思います。

人を憎んだり恨んだりする心がないって本当に幸せなことです。
浄化されればネガティブな出来事も起こってこなくなりますし
平和な心でいられます。

初めて幸田先生にお会いした時
「人間は困れないんだよ。」
と先生は言われました。

私はそうなりたいな、と思いました。
困れない人生を送りたいなと。

そして先生は
「目の前の他人は自分です。」
「他人は100%自分の鏡です。」
と言われました。

嫌なことするその人が自分と認めるのは辛いけど、
自分のことなら変えることができるなと思ったのです。


その方法は自己観察でした。

過去のトラウマを浄化しました。
人が怖くてしようがなかったのですが
その恐怖は過去からのフラッシュバックだったとわかりました。
今現在は怖がる必要はないのだと。

もう恐怖とはさようならです。

でももしまたその幻想が出てきたら
「よしよし大丈夫だよー怖くないよー」

と子育てするように言ってあげます。

私に植え付けられた恐怖心は過去性も含め根深いものでしたが
今世、過去のトラウマである恐怖と向き合うことで
現在の恐怖は自分が創りだしたものだったとわかり
恐怖とさよならすることができました。

自己観察を開発してくださった幸田先生
本当にありがとうございました。

この自身の体験が今トラウマで苦しんでいる人たちのお役に立てるように
これからも日々精進していきたいと思います。

本当に私たちは生かされているんだなーと感じます。
寝ている時も自然と心臓はうごいてくれていますし
頑張らなくても呼吸ができます。


それはやはり、神なのか仏様なのか
サムシング・グレートなのか
何らかの意思によって生かされていると思うのです。

その大いなる意志はやっぱり
「幸せになって!」
と願っていると思います。
「苦しめ」とは思っていないはずです。

苦しみより幸せを選ぶことを願います。

大いなる意志が幸せを望んでくれているのです。
本当に感謝です。

ありがとうございます。


最後まで読んでくださりありがとうございました。

fukuchansmile * - * 15:50 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

悲しみを知ってる人の優しさ

 
こんばんわ。

エキスパートガイドの福寿谷です。

東日本大震災から2年がたちました。
あの春、
石巻工業高校の野球部主将が選手宣誓をしたあの言葉が忘れられません。

「人は誰でも答えのない悲しみを受け入れることは苦しくて辛いことです。
しかし日本が一つになり
その苦難を乗り越えることができれば
その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています。
だからこそ日本中に届けます。感動・勇気・そして笑顔を。
見せましょう。日本の底力。絆を。」


今なお、津波が押し寄せてくる夢を見て泣いている子供たちが大勢いるそうです。
本当に怖かったことでしょう。
恐怖を抱えながら
愛する人を失った悲しみを受け入れることは人間の苦しみの中でも
最も過酷と言えます。
愛する気持ちが強いほど辛いですね。

それでも命ある限り天命を全うすべく生きるのですから。
生きるということはどういうことなのか?
考えさせられます。

生きるということは死ぬまで生きる。
死は永遠に訪れないかのように日常がありますが実は隣り合わせ。
その時がくるまで誰とどう生きるか。

愛する人の存在が本当に尊いものとかんじますね。
今世出逢えた奇跡に感謝です。
すべての人に感謝なんですね。

死ぬのが何で怖いのかなと考えたとき
やはり浮かんだのは愛する人との別れ愛着をもっているものとの別れです。

そんなに愛する人との別れが辛いのならホント、もっと大事にしようって思います。

生まれてきたときは一人ぼっち。
死ぬ時もたった一人で旅立ちます。

一人なんですね。

一人でいることを以前は孤独に感じていました。
寂しくて満たされない感覚です。

今、私は一人の時間を過ごしています。
さびしくありません。・
何か特別良いことなくても幸せを感じることができます。

私を心底思ってくれる人の存在に氣づいたからです。
しかも沢山います。
そのことに氣づくこと感謝することがなかなかできませんでした。

意地を張って。
何で愛されることを素直にうけいれなかったのでしょうかね。

愛される価値のない人間だと思っていたのですから仕方ないです。
それでも愛し続けてくれた人たちに心が溶かされていきました。
愛されることを知り自分を愛することができるようになりました。

そして本当の意味で人を愛することができるようになったのです。


幸せは自分でなるものだと氣づきました。
誰かが幸せにしてくれるものではなく。

他人はどの瞬間も私たちに最善を与えてくれています。
それが試練であってもです。

親との関係は特に大事で精妙に観察する必要があります。
その親を選んだ意味は自分がどう生きるか知るうえで非常に大切です。
特に父親との関係は仕事を左右します。

生きているうちに浄化して親孝行してほしいなと切に思います。
私は貴方が生まれてきてくれたことに非常に感謝しています。
その貴方を誕生させてくれたご両親には大大大感謝なのです。
素晴らしい方なのです。
貴方を育ててくださってご両親に深く感謝します。
傷ついたから今こうして私たちは出会っているのですから。
苦しみや悲しみは喜び「と同じくらい貴方の感情を高めます。
今こんなに嬉しいのは悲しみを知っているからだと思いませんか?

悲しみを知っている人が大好きです。

だから幸せに誰より感謝できるのだと思うからです。
それは誰のお蔭ですか?

貴方の心を傷つけた人のお蔭なのです♡ 




「人は誰でも答えの出ない悲しみを受け入れることは
苦しくて辛いことです。
しかし、日本がひとつになりその苦難を乗り越えることができればその先に
必ず大きな幸せが待っていると信じています。
だからこそ日本中に届けます。
感動・勇気・そして笑顔。見せましょう、日本の底力。絆を。」


石巻工業高校・硬式野球部・主将 阿部翔人さん
選手宣誓


2年前、宣誓をする貴方の姿に涙が止まりませんでした。

心寄り添いずっと応援します。
ありがとうございました。


最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。

エキスパートガイド 福寿谷信江
fukuchansmile * - * 23:59 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark
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